先日、Dom Pérignonの元醸造長リシャール・ジョフロワと、鮨さいとうのカウンターでディナーしたとき、彼はこう言った。

「60になったら、新しいことをどんどんやれ。やらなければしわしわのぶどうになって腐ってしまう。チャレンジし続ければ、ワインになって進化できる」

醸造の世界で数十年生きてきた人間の言葉は、比喩として完璧だった。ぶどうは収穫されただけでは何にもなれない。手をかけ、時間をかけ、変化を受け入れて初めてワインになる。
その言葉が、ずっと頭から離れない。

豊かなはずなのに、何かが足りなかった

正直に言えば、50代の半ばを過ぎて、このまま同じことを続けていていいのかという感覚が、じわじわと出てきた。食べ歩きをして、いいワインを飲み、情報を追いかける。そういう時間は確かに豊かだった。けれど、その豊かさの多くは、誰かがつくったものを受け取る豊かさでもあった。食べる。知る。見る。感心する。そこには感動がある。でも、自分の手はまだあまり使っていない。
消費している。でも、参加していない。
受け取る側にいる。でも、渡す側にいない。
もっと自分の手と体を使って生きたい。そんな感覚をごまかせなくなってきた。

帰る場所を、変える

まだほとんどの人に話していないことを、そろそろ言葉にしておきたいと思った。
60歳になったら、福岡に住もうと思っている。
これまでの東京とハワイの二拠点生活が、福岡とハワイの二拠点に変わる。東京には月2回は行くし、世界を旅するのも同じだ。ただ、帰る場所が変わる。拠点は福岡だが、九州全体に住むイメージでいる。57歳、今年6月に58歳を迎えるこのタイミングで、その選択を現実のものとして考え始めている。そのための2年ほどを、準備期間にするつもりでいる。

福岡は移住先ではなく、再配置先だ

image.jpeg 131.25 KB福岡に通い始めた10数年前、高島福岡市長と


みんなはすでに、料理と柔術を僕がやっていることを知っている。鮨から始まり、タコス、ピザ、スパイス、バスクチーズケーキまで広がった料理の世界。怪我が絶えないながらも道場に通い続けるブラジリアン柔術——正直まだ体と相談しながらだが、どちらも60代以降の軸になってほしいと思っている。
その二つを続けるのに、東京でなければならない理由は、もうほとんど残っていない。料理はキッチンがあればどこでもできる。道場は福岡にもある。
福岡は僕にとって、もう「第三の故郷」だ。2010年頃、福岡の顔でもある@トシロー 小柳俊郎と知り合ってから、ずっと通い続けてきた。食、人、空気——気づけば「帰ってきた」という感覚がある都市になっていた。
そして両親がともに長崎出身の僕にとって、福岡に住むことは、九州というルーツに戻ることでもある。宮崎に波を見に行く。佐賀で竹林亭とらかんの湯に入る。熊本には@ツネ熊本【日置経尊】 がいる(笑)。鹿児島で焼酎を飲み、大分で温泉と魚を楽しむ。そういうものが旅先ではなく、生活圏の中に入ってくる。アジアへの玄関口として、市内からのアクセスがいい空港も、旅しながら生きるスタイルには十分すぎる。
image.jpeg 2.7 MB

コストは、削るのではなく再配置する

これは気分の問題だけではない。数字で見ても、東京に住み続ける理由は、60が近くなった自分にとって少しずつ薄くなっている。食費、住居費、外食コスト——福岡に拠点を移すだけで、かなりの固定費が浮く。天災リスクでいえば、30年以内に大きな地震が起きる確率は東京が約47%、福岡は約6%。ゼロリスクはどこにもないが、60代以降に住む街を選ぶなら、この差は無視できない。
浮いたコストで何をするか。それが本質的な問いだと思っている。差額は旅と食と海に戻す。それだけのことだ。

食べる人から、つくる人へ

ここ数年、毎日のように続けてきた食べ歩きを、これから半分くらいに減らそうと思っている。外食を減らして、その分、自分で料理をして友人をもてなす時間に変えていく。
これは「節約」でも「健康管理」でもない。受け取る側から渡す側へのシフトだ。誰かのために鮨を握り、スパイスを炒り、バスクチーズケーキを焼く——そういう夜を増やしたい。
酒も同じ発想だ。以前ブレインフォグについて書いたとき少し触れたが、60歳を超えたらかなり量を減らすつもりでいる。やめるわけではない。本当に好きなワイン、日本酒、焼酎だけを——量ではなく、解像度で飲む。

60代の武器は、速さではなく深さだ

ハーバードの研究者アーサー・ブルックスは、著書『From Strength to Strength』の中で人生を二つの曲線で描いた。
最初の曲線は「流動性知性」——スピード、瞬発力、素早く吸収する力。20〜30代にピークを迎え、やがて下がっていく。
だが人生には、もう一本の曲線がある。「結晶性知性」——経験、洞察、人とのつながり、深みから生まれる判断力。これは年齢とともに上がり続ける。ブルックスはこれを「第二の曲線」と呼び、人生後半の最大の武器だと言う。
リシャールの「しわしわのぶどう」も、ブルックスの「第二の曲線」も、言っていることは同じだ。変化を受け入れ、挑み続ける人間は年齢とともに深くなる。止まった人間は、縮んでいく。
移住、料理、柔術、旅。20代にやっていたとしたら、それはスピードと勢いで突っ込む話だった。60代でやるのは違う。積み上げてきた知覚と経験を使って、もっと深く、もっと広く楽しむ話だ。

続けること、変えること

続けることははっきりしている。トライアスロンはホノルルの年一回に絞る。サーフィンは宮崎でも糸島でもハワイでも続ける。旅しながら生きるスタイルも変わらない。Destination Restaurantsアワードをはじめとした地方の食文化を応援する仕事も、これからむしろ力を入れていきたい。本を書くことも、変わらず続ける。
それによって何が変わるかというと、日常の解像度が上がる気がしている。東京にいると、情報と刺激の密度が高すぎて、感覚が少し鈍る。福岡の街をはしごする。サーフィンをして、走って、キッチンに立つ。そういう落ち着いた時間の中で、その一つひとつの輪郭が、くっきりする。

20代とは違うやり方で、もう一度全力でいく。
60代という、新しい全力で。