僕はスペインのマドリードにあるErretresという戦略デザインコンサルで「Japanese Technology Meets Spanish Design」というプロジェクトを行なっています。

なぜか?

日本のテクノロジーとスペインのデザインを掛け合わせることで、新しいシナジー効果が生まれるからです。

有形価値と無形価値
日本企業は、モノづくりという形ある物の価値を創ることを得意としています。例えば、トヨタ、日産、ソニー、パナソニック、アシックス、TOTOなど、世界的な日本企業はどれも製造業です。

しかし、日本企業は一般的にブランディング、マーケティング、コミュニケーションといった無形の価値創りに課題を抱えています。

一方スペインは、ファッション、アート、観光、ガストロノミー、スポーツ、教育といった無形の価値創りが得意。

LOEWEやZARA、CAMPERいったファッションブランド。IE Business School、IESE、ESADEは世界でもトップクラスのビジネススクール。FCバルセロナやレアル・マドリードは世界トップのスポーツクラブ。伝説のレストランEl Bulliを始め、EtxebarriやDiverXOは予約を取るのがほぼ不可能なほど人気な世界的レストラン。世界一の来場者数を誇るアートフェアのARCOや世界的な位置付けにあるWorld Mobile Congressといった大型展示会。

このように、お互いの例は枚挙にいとまがありません。

存在感が薄れる日本企業
残念なことに、世界での日本企業のプレゼンスは徐々に、そして確実に下がっています。

いま世界を賑わせているのは、欧米企業や韓国・中国企業ばかりです。これまで日本のお家芸であったモノづくりでさえ、Apple、Tesla、GoProなど、海外勢の躍進は目覚しいものがあります。最近、日本の自動車や家電が海外市場で苦戦しているのも周知の事実です。

こうした国内における深刻なイノベーション不足に対して、日本企業による海外企業買収は2015年から2017年で30兆円を越え、1800社以上の海外企業を買収しています。

しかし、ここで一つ根本的な疑問が浮かび上がります。海外の企業を買収することが根本的な解決策になるのでしょうか?

日本企業は既に世界トップレベルのテクノロジーを持っています。しかし、残念なことにこうした企業の多くが、現代の文脈を踏まえてテクノロジーの価値を世界に発信できていないと思います。

これは、ただ単に日本企業がマーケティングやブランディングが不得意だということではなく、テクノロジーの価値を経済的な価値に最大限変換することが出来ていないためです。

例えば、フェラーリ「458 Italia」と日産「GT-R」はほぼ同等のスペックとパフォーマンス(いくつかのスペックではGT-Rのほうが優れている)にも関わらず、価格ではフェラーリが2倍以上もします。

これは日本のテクノロジーがイタリアより劣っているといった次元の話ではありません。日本企業は無形価値を創り出すことが上手く出来ていないために、テクノロジーの価値を経済的な価値に転化しきれていないのです。

そしてこれは、様々な業界で見られます。どれだけ素晴らしいテクノロジーを持っていても、その価値を経済的な価値に転換出来なければ、海外企業を買収したところで日本のテクノロジーが持つ価値は一向に上がりません。

こうした状況を目の前にした時、「Japanese Technology Meets Spanish Design」のアイデアが湧き出てきました。

日本のテクノロジーとスペインのデザインを融合させることで、前者の価値を最大限に引き出し、経済的な価値に大きく転換させることで日本企業の国際的な競争力を高めるという構想です。

新しい技術も当然大切ですが、その価値を最大限に引き出せなければ同じことの繰り返し。だからこそ、今の日本企業に必要なのは新しい技術だけでなく、その価値を引き出す術だと考えています。

なぜ、スペインなのか?
日本とスペインの歴史的な背景に目を配ると、両国ともゼロから新しい何かを生み出すよりも、海外からアイデアを輸入し、それを国内で独自の形にカスタマイズして改良していくのが得意だということが分かります。これは、地理的な特徴が影響しているのかもしれません。

例えば、スペインがあるイベリア半島は、他のヨーロッパ諸国からピレネー山脈で分断されています。日本もアジアの島国ということもありアジア諸国から分断されています。

こうした地理的な特性が海外から輸入したアイデアを自国で独自の形で発展させるというユニークな文化を作った要因の一つかもしれません。また、日本が中国や朝鮮半島の文化を取り込んでいったように、スペインもアラブの文化を多く取り込んでいます。

この特徴は日本の価値を引き出すことを考えた時に非常に重要なポイントです。なぜなら、こうした柔軟性がないと、融合させた時に真っ向からぶつかってしまい、シナジーを生み出しにくいからです。

実は、こういった特徴はデザインの面でも見られます。ほとんどの日本人にとってはヨーロッパのデザインと言えばどれも同じに感じるかもしれませんが、ゲルマン語圏とラテン語圏では大きな違いが存在するのです。

ドイツや北欧といったモダニズムの主要な思想家が生まれているゲルマン語圏の国々では、デザインは機能性に重きを置いています。一般的にこうした国々のデザインがミニマリスティックなのは、機能性をより重視しているためです。

その一方で、フランスやイタリアといったロマンス語圏の国々ではデザインはより感性的でアーティステックな要素が強くなるのです。インテリアデザインなどを思い浮かべると分かりやすいかもしれません。

もちろん、これはゲルマン語圏のデザインに感性の要素がないとか、ロマンス語圏のデザインは機能性を無視しているという意味ではありません。デザインの傾向に大きな違いが見られるということです。

スペインはどうかというと、機能性と感性をバランス良く両取りしています。

これは、スペインのデザインが歴史的に様々な国から多くの影響を受けているからかもしれません。他国からの様々な影響は、スペインのデザインが機能性と感性のバランスを取る源泉になっていると考えられます。日本と同じように外から輸入したアイデアを自国流にアレンジ、改良していくという文化が成せる強みなのかもしれません。

日本企業の抱える課題
世界には数千、数万におよぶ様々なデザインのスタイルが存在します。普遍的にこれが一番という答えは存在しません。どのデザインが良いかは優先度や価値観の問題ですし、デザインの優劣をつけたいわけではありません。

ただ、日本企業のテクノロジーの価値の最大化という観点からだと、スペインのデザインが最適だと考えています。日本企業の持つテクノロジーの多くはその複雑さや精密さからアートの域に達しているものが多く存在します。

しかし一方で、プロダクトドリブンのため、消費者と製品の感情レベルでの繋がりが強くありません。特にグローバル市場でこの傾向は顕著です。

日本は広告ドリブンの文化のため、製品を出来上がった後に広告を打って知名度を上げる、もしくは有名人に使ってもらうといった方法が今でもポピュラーです。また、東京を除けば今でもテレビ広告などはある程度の効果が出てしまいます。

そのため、海外展開をする際にも日本で親しくしている広告代理店の海外支店を通して同じようなアプローチを取り失敗するケースが後をたちません。

そこで、日本企業に必要なのは、日本のテクノロジーという機能的な部分が主体でありながらも、感性的な部分もバランス良く持ち合わせ、消費者との感情的な繋がりを生み出せるデザインなのです。

日本のデザインはダメなのか?
そもそも日本のデザイナーではダメなの?という根本的な疑問もあると思います。

日本には素晴らしいデザイナー、特にプロダクトデザインや建築、が多く存在します。単体のデザインで見ればアート作品とも言える日本のプロダクトデザインや建築は世界的に高い評価を得ています。

もちろん、企業向けのグラフィックデザインも国内向けであれば問題ありません。ここで、述べているのは日本企業の海外市場での話です。

残念なことに、企業がブランディングやマーケティングで使うためのグラフィックデザインのエリアで世界水準のデザインが出来る人は日本には多くありません。単純なことですが、世界水準のコーポレートデザイン教育や海外での実践経験をしているデザイナーが乏しいためです。

デザインはコミュニケーションの一部です。つまり、欧米の人々の感性、価値観、考え方、最新のトレンドなどが分からないとコミュニケーションとしてのデザインをすることがとても難しいのです。

日本のテクノロジー×スペインのデザインで勝利を掴む。
もちろん、日本のデザイナーの教育に力を入れることも必要ですが、今日明日グローバル市場で競争するためには、海外とのシナジーを目指した方が効率的ですし海外のやり方を学ぶことも出来ます。

機能性にしても感性にしても、どちらか一方が強すぎては日本のテクノロジーの良さは引き出されません。例えば、世界トップの品質のセンサーを製造する企業とのプロジェクトでは、海外版WEBサイトをリデザインした途端に海外売上が前月比1.7倍、月間ベースでも過去最高を記録しました。

他にも日本のアパレルブランドとのプロジェクトでも実際に海外進出を果たす前から『Brand New』や『graffica.info』など海外のブランディングやデザイン関連の重要なウェブメディアや雑誌で特集されました。『Behance』というクリエイティブ系のソーシャルメディアでも同プロジェクトは2000を超えるイイねを獲得するなど海外から大きな反響を得たのです。

イノベーションやテクノロジーと言うと、ついつい新しいものを求めがちですが、既に持っている価値をどう引き出すかという点は非常に大切です。

病院に行けば症状に合わせて処方箋が出されるように、今日の日本が抱える課題には、日本に合った解決策が必要です。欧米企業のように買収、吸収合併をするのも一つの方法かもしれませんが、スペインのデザインによって既に持っているテクノロジーの価値を引き出すのもまた一つの方法なのです。