目の前にあるものを、ただ蒸留するだけ。北海道大樹町の酪農地帯に眠っていた原料に気づき、ウイスキー蒸留所を立ち上げたのが三原一馬さんです。ケータリング・宴会事業を運営する2ndTable株式会社の代表取締役として19年、その他、食肉事業、AI工務店事業を含め5社を経営し、福岡のCROSS FMやYouTubeでは『アサビジ』という番組を立ち上げナビゲーターとしても発信しています。
数字や経営理論を語るタイプではなく、「仲間づくりだけがすべて」と即答する三原さんに、蒸留所設立の経緯やコロナ禍を耐え抜いた矜持、そして経営とラジオ・音楽活動にまで通じる哲学について伺いました。
世界的ウイスキーブランドの原料が、目の前に眠っていた
―現在のお仕事について教えてください。
北海道大樹町にある蒸留所「株式会社Taiki Cosmic Glen Distillery」のオーナー兼代表を務めています。2024年9月に設立し、2026年から蒸留を開始しました。ウイスキーは200L樽をすでに95樽分ご注文いただいており順次製造しています。また『スモーキーエイリアン』というジンは発売を開始しております。
大樹町ではウイスキーだけでなく、宮崎県の尾崎牛の飼育メソッドと北海道のホルスタインを掛け合わせた食肉の開発・生産販売事業を行う「株式会社ビショクルfrom大樹町」も手がけています。
―そもそも、なぜ大樹町でウイスキーだったのでしょうか。
大樹町はもともと酪農の町で、雪印の大きな工場があり、チーズなどの原料となる生乳を確保するためホルスタインが大量に飼育されています。そのホルスタインの餌はデントコーンなんです。大樹町は5000人ほどの町ですが、面積は東京23区と同じくらいあって、その広大な土地でデントコーンが作られています。
このデントコーンこそ、バーボンウイスキーや世界的なウイスキーブランドであるジャックダニエルの原料なんです。つまり大樹町には、そのブランドを成立させるだけの原料が、すでに目の前に広がっていた。目の前にあるこのデントコーンを蒸留するだけだと気づいたことが、すべての始まりでした。
ジャパニーズウイスキーの99%以上が海外産原料100%で製造されている中で、自分たちの足元にある国産原料100%で製造する意味があると考えました。
―大樹町とはどうやって出会ったのでしょうか。
きっかけは、いくらの醤油漬けをつくらないかとお誘いいただき、水産加工の会社を立ち上げたことでした。紹介してくれたのは堀江貴文さんです。堀江さんは15年以上前から大樹町に拠点を置き、ロケットの開発製造を行なっていますが、大樹の町を盛り上げることにも精力的に活動されています。大樹町は鮭が多く獲れる町でいくらも盛んですが、その醤油漬けのブランディングやマーケティングに課題があるという話を持ちかけられました。「よかったらやるか、と言われたのがきっかけでした」。
そこから何度も大樹町に足を運ぶうちに、酪農とデントコーンの存在に自分自身で気づいていきました。
デントコーンが見事に積み上がっています!
「食への思い」より「祝祭文化のアップデート」
―セカンドテーブルはどのような事業ですか。
法人・団体向けのケータリング事業です。料理もほぼ100%自社製造していますが、料理を売っているというより、祝祭の場であるパーティーや宴会の会場という空間を売っている感覚に近い。宴会やパーティーといった「祝祭文化」そのものをアップデートしていくイメージです。なので「食への思い」を聞かれても、正直あまりピンとこないんです。
―では、なぜこのテーマで起業したのでしょうか。
「追い込まれて起業したタイプなんです」。 中高一貫の進学校に通っていたものの、入学した途端に勉強はやめてしまい、中学3年からはずっとバンド活動。大学も3ヶ月ほどで辞め、24歳頃までアルバイトをしながら過ごしていました。
そんな中、中高の同級生たちが次々と良い企業に就職していく姿を見て、少しずつ焦りが出てきました。学歴で勝負する就職では勝ち目がない。だったら商売しかない、と起業に向かっていきました。
きっかけになったのは、19歳から23歳まで続けていた、ホテルの宴会場や結婚式場でのアルバイト経験でした。そこで見てきた祝祭の空間づくりを軸に、起業したのがセカンドテーブルです。創業期に最も重要だったのは営業力で、今も専務を務める、当時から抜群の営業マンだった仲間と共に立ち上げました。理論や戦略よりも先に、まず人を連れてくる。その創業の仕方は、会社を19年間続けてきた今も変わっていません。
ライブ感が最高です!
仲間づくりがすべて
―経営で大切にしていることは何ですか。
事業をつくることは仲間づくりだと思っています。 経営知識や数字の見方には正直疎いんです。それよりも、その事業に必要な人を連れてきて一緒にやる、というタイプです。
その原点にあるのが、34歳、35歳の頃の経験でした。会社がある程度仕組み化され、自分が何もしなくても回っていく中で、その2年間は年間100ラウンドものゴルフに時間を費やしていました。「このまま人生終わっていいのか、これぐらいの経営者で終わっていいのか」。そう思ったのがきっかけで、何かを得るために飛び込んだのが大阪青年会議所(JC)でした。誰かに誘われたわけではなく、自分でホームページを調べて申し込みました。
2018年から2023年まで大阪青年会議所(JC)に所属し、様々な役職も務めました。そこで得た仲間は今でも事業の核になっています。大樹町の蒸留所の所長は、JCで同期入会した仲間です。互いの人間性や真面目さ、不真面目さまで知り尽くした間柄だからこそ、蒸留所立ち上げのキーマンを任せられました。
各事業における採用基準も人間性重視です。「嘘をつかない、素直でいいやつ」を採用します。もちろん 自分自身もそうであろうと思っています。
寿司修業からHonda Lab.へ
―JCを卒業したあと、仲間づくりの場はどう変わりましたか。
2023年12月末、40歳でJCを卒業しました。同じタイミングで、堀江貴文さん主宰のオンラインサロン「HIU(堀江貴文イノベーション大学校)」に入会。仲間をつくろうと入ったわけではありませんが、HIUでも堀江さんをはじめたくさんのメンバーとの交流を重ねていきました。現在、堀江さんは大樹町の蒸留所の取締役を務めてくれていますし、AI工務店の『お店の工務店』を共に立ち上げたのもHIUのメンバーでした。
そして忙しい日々から一転、時間に余裕ができたことで生まれたのが、寿司修業とのもうひとつの出会いです。きっかけは、インスタグラムでたまたま見かけた投稿でした。サングラスをかけた男性が東京寿司アカデミーを卒業した、という内容で、名前を見てもピンとこないまま、気になって2024年に自分も同じ寿司アカデミーへ入学しました。卒業する頃になって投稿を見返し、その人物が本田直之さんだったと知り、オンラインサロンをやっていると知って、興味本位で入ったのがHonda Lab.でした。
ビジネスラボの合宿にて
洗面器から顔を上げない ― コロナ禍を耐え抜いた矜持
―経営の中で最もピンチだったのは何でしたか。
コロナ禍です。ビュッフェ形式の会食が自粛されるようになり、料理をほぼ100%ビュッフェで提供していたセカンドテーブルの売上は、月8000万円から月20万円にまで落ち込みました。当時、顧問税理士からも倒産・自己破産を勧められるところまで追い詰められていました。
そこを救ってくれたのも、やはりJCの仲間でした。ホテル清掃事業を営む仲間が、コロナ患者の隔離ホテルの食事提供業務を持ってきてくれたんです。年間1.5億〜2億円の売上規模で、大きなリスクを背負ってまで動いてくれたのは、JC活動をずっと見てくれていたからかなと思います。「三原ならちゃんとやるだろう」。 そう信じてもらえたのかもしれません。
あと、強く意識していたことがあって、藤田晋さんが語っていた「水を張った洗面器に顔を突っ込み、最初に顔を上げたやつが負ける」という言葉です。この言葉はなんか信用できて、自分の座右の銘的なものになってます。
「あのとき諦めていなかったから、今、コロナ前の売上の6倍くらいになっている。藤田さんのおかげです。会ったことないですけど。笑」
目標を立てない経営 ― フラットであり続け、チャンスを逃さない
―来期の目標などは立てるのでしょうか。
来期の目標を立てたことは一度もありません。意識しているのは「チャンスを逃さないこと」だけ。 そのために、体も心も使いすぎず、365日フラットであろうとしています。
目標を立ててそこに向かって動く、というよりも、リラックスして今あることを感じ取り、チャンスを逃さない。それが結果的に事業の利益の最大化につながると考えています。
インタビューで「何が起きても大したことない」と仰っていたのも印象的でした!
遊びでは使わないが、情報だけは追う ― AIとの距離感
―AIとはどう付き合っていますか。
「遊びでも使ったことがないです、1回も」。ChatGPTすら、自分のスマホには入っていません。それでも経営者としては、AIがこの先1年、2年、5年でどれくらい進化するのか、お金を払って情報をキャッチアップし続けています。
一緒に事業をやっている仲間や取引先には、AIを徹底的に使いこなしているプロフェッショナルもいます。自分ですべてを使いこなそうとするのではなく、それぞれの役割を見つけ、
そこにうまく乗っていく。三原さんは、そんな距離感でAIと付き合っています。
そんな「フラットに機会を掴む」姿勢は、経営だけでなく、この2年ほど力を入れているラジオや音楽の発信にも表れています。
ラジオ、音楽、そして人生は壮大な実験
―CROSS FMでの活動について教えてください。
番組名は「日本一浅いビジネスラジオ アサビジ」。SASAGROUP代表の笹裕輝さんと2人で、丸2年間YouTubeで配信したのち、今年4月からCROSS FMに場所を移して続けています。週1回の配信で、これまで約40人の経営者をゲストに招いてきました。対外的なPRやブランディング向上を狙っているわけではなく、ただただ自分たちの考え方を話しているだけですが、取引先やリスナーから経営に関する質問が増えてきている実感があります。
もうひとつの発信活動が、「六本木タイガース」というミュージシャン活動です。中学3年から20歳頃までバンド活動に没頭していましたが、40歳を超えて音楽を再開するきっかけになったのは、堀江貴文さんが自身の楽曲制作について語っていた言葉でした。創作活動のハードルが下がった今だからこそ、やりたかったことをやってみようと思ったからです。結果として、楽曲はいまリリースされており、来年からはライブ活動も予定しています。
CROSS FM『V・A・D weekend』内で毎週金曜21:15から放送する、三原一馬さんの「日本一浅いビジネスラジオ『アサビジ』」。
難しいビジネスの話をあえて深掘りしすぎず、仕事や経営のヒントを気軽に楽しく届けてくれています。
ナイスミュージック!
―最後に、これからのビジョンを聞かせてください。
「ラジオも音楽も、自分にとっては人生の壮大な実験なんです」。まずはアサビジを一人でも多くの人に聞いてほしいし、いま仕込んでいるウイスキーも、これから皆さんに知ってもらいたいですね。
北海道大樹町にて大志を抱いています!
結び
三原さんへのインタビューを終えて浮かんだのは、終始一貫していた「目の前にあるものを、大切にする」という姿勢でした。目の前にある原料を蒸留し、目の前にいる仲間と事業をつくり、目の前に訪れた機会を逃さない。事業も、音楽も、仲間との関係も、その延長線上にあるように感じます。
三原さんの「壮大な実験」は、これからも目の前にいる仲間たちと一緒に続いていくでしょう!
@みはら さん 貴重なお時間をいただき本当にありがとうございました!
interview @Norihito @みぃ
Text by @Norihito (桑原 令人)
▼インタビュー記事一覧
https://hondalab.jp/contents?category_id=1046








