写真館、不動産、民泊、そして料理。「おじおじ」が描く、                        人生後半の楽しみ方

今回お話を伺ったのは、逗子で約100年続く尾島写真館の4代目であり、約3,700室を管理する不動産会社を経営。自らも不動産を運用する一方で、そのノウハウを教える塾を運営。そして、ワインペアリング付きの「おじグルマン会」まで、多彩な活動を展開する“おじおじ”こと尾嶋 健信さんです。50歳を過ぎてから本格的に料理を学び始めた背景には、「健康なまま100歳まで生きるなら、残りの50年間をどう過ごすのか」という問いがありました。写真、不動産、民泊、料理。一見ばらばらに見える活動は、実は「人が集まる場をつくり、美味しいものと楽しい時間を分かち合う」という一本の軸でつながっています。

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写真館経営/不動産会社経営/副業民泊塾主催/おじグルマン会主催
大正7年創業の尾島写真館4代目。大学卒業後はプリンス系列の結婚式場で約8年間カメラマンとして経験を積み、現在も写真館を経営する。自身で賃貸物件を所有・運営するほか、サラリーマン投資家やFIRE後の投資家を中心に約3,700室を管理。不動産コンサルティングや副業民泊塾も手がける。著書は6冊。50歳を過ぎて料理を本格的に学び、現在はフレンチを軸に、10品の料理とワインをワンオペで提供する「おじグルマン会」を開催している。

逗子で約100年。写真館の4代目として

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                                                尾島写真館の過去(左)と現在(右)
――まず、現在のお仕事について教えてください。
おじおじ    私は大正7年創業の尾島写真館の4代目です。写真館は昭和元年に神奈川県逗子へ移転しており、逗子で約100年になります。大学卒業後は、プリンス系列の結婚式場で8年ほどカメラマンをしていました。当時はまだネガフィルムの時代です。現在も写真館の経営に携わっています。
――写真館以外にも、幅広く事業をされていますね。
おじおじ    不動産では、自分で物件を所有して賃貸経営をする一方、投資家の方々の収益物件も管理しています。主なお客様はサラリーマン投資家や、そこからFIREされた方々です。現在の管理戸数は約3,700室で、事業の売上としては不動産管理が最も大きいですね。あわせて不動産コンサルティングも行っています。
――民泊についても教えてください。
おじおじ    「副業民泊塾」という塾を運営しています。昨年の秋頃から募集を始め、現在は約70名。まずは年内に100名を目指しています。基本はオンラインですが、2か月に1回ほどリアルイベントを開き、塾生が運営する物件の内覧会と、私が料理を振る舞う会を組み合わせています。書籍もこれまで6冊出版し、5冊は賃貸経営、1冊は民泊経営がテーマです。今月、新刊2冊を出版予定です。1冊は賃貸経営、もう1冊は民泊経営がテーマです。
―― とにかく「とっととやれ」
おじおじ    「大切にしているモットーや座右の銘はありますか?」という問いに、おじおじこと尾嶋さんは迷いなくこう答えてくれた。
「モットーはないですが、もう『とっととやれ』ですね(笑)」
この言葉のルーツは、大正7年創業「尾島写真館」の2代目であるお父様の姿にある。修行時代、細かいマニュアルや理屈ではなく、「四の五の言わずに、とっとと動け」「現場で見て覚えろ」と背中で語り続けた父の姿が、そのまま尾嶋さんの行動基準となった。
悩むくらいなら、まずは「とっとと」動いて形にする。この圧倒的なスピード感と即実行の精神は、写真館の運営にとどまらず、その後の不動産管理や民泊事業、そして現在の「おじグルマン会」に至るまで、すべての活動の強力なエンジンとなっている。

50歳を過ぎてから、料理を始めた理由

――「おじグルマン会」では、10品の料理をお一人で作るそうですね。
おじおじ    はい。基本は10品構成で、それぞれにワインのペアリングをつけています。今は仕込みから提供まで、ほぼワンオペでやっています。ベースはフレンチですが、最近はエスニックも学んでいます。
――なぜ、50歳を過ぎてから料理を本格的に始めたのでしょうか。
おじおじ    50歳を超えた頃、ものすごく悩んだ時期がありました。「仮に健康なまま100歳まで生きるとしたら、あと50年間、何をするのだろう」と。そこで日本経済新聞の「私の履歴書」をたくさん読み、登場する方々が晩年をどう生き、どのように亡くなったのかまで調べました。
おじおじ    調べていくと、長く充実して生きた方の多くが、手と足と頭を動かし、さらに仲間がいないと成り立たない趣味を持っていました。ゴルフ、釣り、旅行などですね。私はもともと食べることが大好きだったので、「自分の場合は料理だ」と思いました。料理なら手も頭も使いますし、人を招いて一緒に楽しめます。人生後半の趣味として、これ以上ないと思ったんです。

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初心者から、レストランの仕込み現場へ

――料理はどのように学ばれたのですか。
おじおじ    最初は包丁の扱いも分からなかったので、料理経験の少ない人向けに、野菜の切り方からマンツーマンで教えてくれる教室へ通いました。次に魚をさばく教室へ行き、その後「シェフクリエイト」の横浜校でフレンチを学びました。
おじおじ    さらに、「シェフクリエイト」のより実践的な上級コースともいえる、中目黒のレストラン「スカラ」に受講生として参加しました。週1回、商品開発から料理の仕込み、仕上げ、提供までを実践的に経験するコースです。毎週水曜日は先生2人に対して受講生は私1人。2対1という、大変贅沢な環境でした。レストランで普通に働き始めたら皿洗いだけで1年が終わるかもしれませんが、受講生なので、魚や肉の下処理、料理開発なども実践的に経験できました。「お金を払ってブラック労働をする」とよく冗談めかして言っていましたが、私のような料理未経験者には大変ありがたいコースでした。その後も中目黒のレストラン「スカラ」で「おじグルマン会」を開いたり、現在は「シェフクリエイト」のエスニッククラスでエスニックを学んでいます。こちらはナオさんも通っています。
――実際のお客様に提供する料理の仕込みですよね。
おじおじ    そうです。しかも毎週水曜日は14席を埋めるために、私自身もかなり集客しました。やるからには満席にしたいと思って、毎週必死でした。その集客をきっかけに、長い間会っていなかった方と久しぶりに再会したり、再び関係性が生まれたりしました。これは私にとって、とても貴重な経験でした。こうした経験を通じて、料理の技術だけでなく、段取り、提供の流れ、人を集めることまで含めて学べたと思います。料理学校に通い始めてからホームパーティーを開くようになり、「おじグルマン会」は今年で3年目です。

不動産という「箱」に、料理という「体験」を

――不動産や民泊と、料理はご自身の中でどうつながっていますか。
おじおじ    実は、とても密接につながっています。民泊物件の内覧会も、部屋を見るだけなら普通の見学会です。でも、そこに美味しい料理とペアリングが加わると、特別な体験になる。参加者同士の会話も深まり、コミュニティとしてのつながりが生まれます。
おじおじ    不動産はハード、つまり「箱」です。そこに料理や接客というソフトを掛け合わせることで、独自の価値が生まれると考えています。私自身も全国の物件を訪ねながら、その土地の食材に出会える。塾生やゲストにも喜んでもらえる。趣味と実益、地域の魅力、コミュニティづくりが循環する形です。
――最近、印象に残ったリアルイベントはありますか。
おじおじ    福岡県糸島市で民泊をつくっている塾生の物件を訪ねました。現地内覧会を行いながら、私は地元の直売所で食材を調達し、糸島牛などを使った料理を振る舞いました。これから全国の塾生に民泊を形にしてもらい、私は各地を旅しながら、地産地消の料理を追求していきたいと思っています。それが副業民泊塾を始めた理由の一つでもあります。
肩書ではなく、「おじおじ」でつながる
――活動を一言で紹介するとしたら、どんな肩書がしっくりきますか。
おじおじ    難しいですね。ただ、私には「おじおじ」というニックネームがあるので、それだけでいいのかもしれません。以前の私は、いわゆる昭和のサラリーマンでした。会った人とは全員名刺交換をして、住所を書いて手紙を送るところまでやれ、と教わった世代です。
おじおじ    でも今は、肩書や会社名よりも、個人としてフラットにつながる方が心地いい。「おじおじ」が何の仕事をしているかを最初から全部分かってもらわなくてもいいんです。好きなことを発信し、面白いと思ってくれる人とゆるくつながる。その中から、思いがけない縁や仕事が生まれていく。今の自分には、そのスタイルが合っています。
50歳を過ぎても、新しい挑戦は始められる
――この記事を通じて、読者に伝えたいことは何でしょうか。
おじおじ    「50歳を過ぎてからでも、新しい挑戦やコミュニティづくりはいくらでも始められる」ということです。大きな事業を立ち上げなくてもいい。自分の好きなことを少し深掘りして、それを人に伝え、仲間と分かち合うことで、新しい出会いや仕事につながることがあります。
おじおじ    私の場合は料理でした。最初は野菜の切り方から始めたのに、今では10品を作り、ワインを合わせ、人を招く会を続けています。肩書や過去のキャリアに固執せず、身軽に新しい世界へ入ってみる。人生の後半は、そういう楽しみ方があってもいいと思うんです。
――今後、どんな未来を描いていますか。
おじおじ    無理に事業を大きくするより、自分が「面白い」「美味しい」と思える熱量を中心に置きたいです。その周りに共感してくれる人が集まり、みんなが少し幸せになる。全国の民泊を訪ね、その土地の食材で料理を作り、仲間と一緒に味わう。そんな時間を重ねていきたいですね。

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取材を終えて

写真館、不動産管理、民泊塾、料理。おじおじさんの活動は多岐にわたりますが、話を聞くほど、その中心にあるものはシンプルだと感じました。それは「人が集まる場をつくること」、そして「美味しいものと楽しい時間を共有すること」です。

50歳を過ぎてから、包丁の持ち方を学び、レストランの仕込みに入り、10品の料理を一人で作るまでになった。その行動力は、特別な才能というよりも、「残りの人生をどう楽しむか」という問いに、自分なりの答えを一つずつ積み上げてきた結果なのでしょう。

人生の後半は、これまでの延長線上にだけあるのではない。好きなことを学び、それを伝え、仲間と分かち合うことで、仕事も地域もコミュニティも、新しい形へとつながっていく。おじおじさんの姿は、その可能性を軽やかに教えてくれました。
おじおじさん、貴重なお話をありがとうございました!
今後もHonda Lab.メンバーへのインタビューを実施していきます。お楽しみに!
【過去のインタビュー】
https://hondalab.jp/contents?category_id=1046&fbclid=IwY2xjawUxHPpleHRuA2FlbQIxMABwZG9mAWJyaWQRMVJ3bkdXY1d6bkg5T3F0VVlzcnRjBmFwcF9pZBAyMjIwMzkxNzg4MjAwODkyAAEeb6Bofprg9UagrtgNstv0hB9eBHxvrWboeHaFubs0rZxkvbgYUSQRHsgN1D0_aem_npBnacOGTV-dVfDSnzXWRg 

Interview /わか、みい
Text わか