コロナの影響もあって日本でも最近はDX(デジタルトランスフォメーション)やストーリーテリングという言葉を耳にする機会が増えたと思います。


実はアートや講演といった仕事のほかに、Erretres Strategic Design Company 

(https://www.erretres.com)というクリエイティブエージェンシーでビジネスアドバイザーをしています。今日はErretresでの仕事を通して見えた「日本企業が世界で戦うためのDXとストーリーテリング」について共有したいと思います。



Erretresとは
スペインのマドリッドを拠点にするErretres(エレトレス)は、常在が30人程度のブティックエージェンシーですが、クオリティの高さで世界トップ10のブランディングエージェンシーにも選ばれた実績があります。クライアントにはMckinseyやKPMGといった国際的な企業からEl PaisやMapfreといったローカル大企業まで様々で、最近では中国のNeteaseやFosunグループともプロジェクトを行っています。



そんなErretresとはこれまで、日本企業へのブランディングやDXといったプロジェクトなどを一緒に行ってきました。この経験を通して日本企業のDXやストリーテリングに共通する課題が見えてきました。


広告ドリブンvsブランドドリブン
まず、日本と欧米で大きく違う点があります。それは日本が広告ドリブンなのに対し欧米ではブランドドリブンという点です(特にヨーロッパ)。アメリカも元々は広告ドリブンでしたが、最近では急激にブランドドリブンに移っています。



広告ドリブンとは文字通り広告を主体に売る手法です。日本では電博を代表する広告代理店が企業の新製品の広告をテレビなどで打って物を売るという方法がずっと主体になってきました。最近ではインフルエンサーやソーシャルメディアの利用が増えましたが、根本的なアプローチはあまり変わっていません。広告で大事になるのはインパクト。いかに人々の注意を引き付け記憶に残るかという最大瞬間風速が最大の焦点になります。

一方でブランドドリブンとはブランドの価値観や哲学を体現していくかという方法です。商品やサービスは勿論のこと、パッケージ、お店の内装やウェブサイトといった、ブランドに関わる全ての点でブランドの世界観を体現し、ユーザーや顧客と感情レベルの繋がりを生み出していく手法です。一時的にバズることが目的ではなく、繰り返し明確なブランドのメッセージを人々に伝えることが重視されます。

広告ドリブンが短距離スプリントなのに対してブランドドリブンは長距離のフルマラソン。広告ドリブンはエナジードリンクのようなもので、人々の注意を引くために常に新しいことをし続ける必要があります。一方でブランドドリブンは基礎体力を上げる地道なトレーニングで、ブランドの世界観を体現するための一貫した行動が求められます。


例えば、UNIQULOとZARAは競争相手としてよく比較されますが、 UNIQLOが広告ドリブンなのに対してZARAはブランドドリブンです。UNIQULOが著名なブランドや人とコラボしたり大きな街頭広告を出したり話題性を重視する一方で、ZARAは広告を一切出さない代わりにDXやデザインなどの顧客体験に投資しています。NIKEとASICSの比較も分かり易い例かもしれません。


広告ドリブンが悪いわけでもブランドドリブンが優っているわけでもありませんが、DXやストーリーテリングを考える上では重要になります。


Tangible ValueとIntangible Value
日本企業の製品は品質が抜群なのにも欧米で苦戦することがよくあります。 UNIQULOやTOTOなど、品質が売りの日本企業も欧米市場ではアジアと違って苦戦しがち。そこには欧米と日本の大きな違いがあります。

日本企業は、モノづくりという形ある物の価値を創ることを得意としています。例えば、トヨタ、日産、ソニー、パナソニック、アシックス、TOTOなど、世界的な日本企業はどれも製造業です。しかし、日本企業は一般的にブランディング、マーケティング、コミュニケーションといった無形の価値創りに課題を抱えています。

一方で欧米企業は金融、IT、デザイン、ファッション、アート、観光、ガストロノミー、スポーツ、教育といった無形の価値創りを得意にしています。もちろん、欧米企業でもモノづくりが得意な企業は沢山ありますが、物としての価値に加えて、ブランディングを通して無形の価値を加えていく傾向があります。


例えば、フェラーリ「458 Italia」と日産「GT-R」はほぼ同等のスペックとパフォーマンス(いくつかのスペックではGT-Rのほうが優れている)にも関わらず、価格ではフェラーリが2倍以上もします。 これは日本のテクノロジーがイタリアより劣っているといった次元の話ではありません。日本企業は無形価値を創り出すことが上手く出来ていないために、テクノロジーの価値を経済的な価値に転化しきれていないわけです。

すると、どうしても日本企業は広告で認知度を上げようとか、値下げして価格競争で勝とうとしてしまい、欧米で苦戦してしまう傾向にあります。



日本企業のストーリーテリングが欧米で苦戦するわけ
オリンピックの自国開催も手伝い、様々な日本企業や組織が日本を世界に発信しよう!と欧米進出がここ数年加速していました。特に観光関連や飲食関連の企業・組織が欧米で積極的にプロモーションを行ってきました。

しかし、莫大な予算をかけたにも関わらず、日本企業や組織の海外でのプロモーションがいまいち上手くいかないということが頻発。原因は色々ありますが、最も重大な要因の一つが日本人のストリーテリングです。

日本企業や組織がやってしまいがちなミスは「日本人が良いと思っていることを一方的に押し付けてしまう」ことです。例えば、コロナ前は多くの酒蔵が欧州に来て日本酒をプロモーションしていました。しかし、残念ながら欧州では日本酒のプロモーションはあまり上手くいっていません。なぜなら、ヨーロッパ人にとって日本酒を飲む理由がないからです。ヨーロッパには千年以上のワインの歴史があります。幼少の頃からワインと共に育ったヨーロッパの人にとって、日本人からいきなり日本酒は美味いから飲め!と言われても心に響かないのです。また、欧米人にとって日本酒の味はとてもキツく感じ、食事と一緒に飲むにはあまり好まれないのも事実です。 

欧米では、色んな文化背景や持ち、違った言語を話す人々が同じ生活圏で暮らしています。きちんと伝えないと色んな全く意図しない解釈が生まれてしまいます。自分たちの存在価値は何なのかを具体的に言語化・視覚化することがビジネスでも大切になります。だからこそ欧米ではストーリーテリングが重要になるのです。

一方で日本人のほとんどは、生まれてからずっと日本人としか関わりを持ちません。全く異なった文化背景や考え方を持つ人と接することが欧米人に比べて極端に少ない傾向にあります。だからこそ、ほとんどの人が同じ価値観を共有出来ます。空気を読むとか、阿吽の呼吸なんて言うように、言葉にしなくても分かって貰えることが多いのです。しかし、そんな文化背景が災いして、欧米に進出した際に日本企業のストーリーテリングは一方的になってしまいがちなのです。

日本企業のストーリーテリングが欧米で成功するには、日本人にとって日本がどう素晴らしいかではなく、欧米人にとって日本の魅力は何なのかを理解することが大切です。そのためには欧米文化と日本文化を比較する必要があり、日本文化を深く理解するだけでなく、欧米文化を理解することが第一歩になります。また、チームを多国籍にしたり外国のエージェンシーと働く必要性も出てくるでしょう。

日本企業のDXの課題
日本企業のDX(デジタルトランスフォメーション)の課題は色々ありますが、ここではウェブサイトやアプリといった誰でもイメージ出来るものについて話したいと思います。日本企業のDX最大の課題は非常に使いづらいことです。その背景には3つの明確な理由があります。


まず、日本企業のウェブサイトやアプリの多くは情報量が多すぎます。企業としては少しでも製品やサービスのことを知ってもらおうと、出来る限りの情報を盛り込もうとします。すると画面いっぱいに文字が並び、どこに何があるのか分からないといった状況が生まれます。某大手航空会社のウェブサイトや某有名ホテル予約システムは典型的な例で、シンプルで明快なデザインに慣れている欧米人にとっては悪夢のような体験としてよく話題になります。こんな事態を防ぐには情報の整理、優先順位の明確化が鍵になります。

次にデザイン方法にも問題があります。多くのデジタル領域のデザインが部分の積み重ねで、全体が一つの体験になっていないことです。すると、何かをしようとしている途中で迷子になってしまったり、探しているものがうまく見つけられずに諦めてしまうということが起きます。これは欧米と日本の仕事の仕方の違いにも通じますが、日本のアプローチは部分から始まり、それを後から統合しようとする傾向にあります。部分の積み重ねの問題は、一つ一つのディテールには長けているものの、全体がうまく繋がっていないため、一つの体験としてまとまりに欠けてしまいがちなことです。一方で欧米のデザインはまず全体像を作ることから始まります。全体の枠組みを決めてから細部の設計をしていくのです。

そして、構造的な問題として日本のデジタル開発の多くは専門のデザイナーが欠けています。デジタル領域が専門でない人がデザインしていることがよくあるのです。また、日本のシステム開発の企業の多くは、利益率を上げるために実際の開発をインドやベトナムといったアジア諸国に丸投げし、エンジニアとデザイナーの共同作業が極端に少ないのも課題です。欧米のDXプロジェクトでは必ずデザイナーとエンジニアが一緒に取り組みます。まず、グラフィックデザインのプロ、UXのプロ、UIのプロが共同でデジタル上の体験をデザインし、その後にエンジニアがデザイナーと話し合いながらプログラミングを行なっていきます。こうしたデザインを行うUXやUIのデザイナーは最低でも数年は専門的な教育を受けたプロです。DXのプロジェクトでは必ずデザイナー、エンジニア、そしてそれを統括するディレクターが必要です。

経営的な課題

日本企業のストーリーテリングとDXには共通の課題があります。それは経営陣のコミットメントが足りないということです。その背景には日本企業の体質が関係しています。多くの企業は自社で出来ないことを代理店やベンダーに外注することに慣れていて、お金を払って解決策を提供してもらうことが当たり前になっています。例えば、広告は広告代理店に丸投げすれば全て作ってもらえて、発注した企業側は極端な話お金さえ払えば良いだけです。


しかし、DXやストーリーテリングというのは一回作ってお終いではなく、企業側の継続的な努力が求められます。どちらも経営陣のマインドセットを変えるくらいの気持ちがないと難しいのです。DXを本気でやるならばウェブサイトやアプリを改善するだけでなく、サービスのあり方や製品製造ラインのあり方など様々なことを変える必要性が出てきます。ストーリーテリングであれば、本当に企業が伝えたいことを経営者と一緒に考えて様々なチャンネルで継続的に発信してゆく必要があります。動画一本作って終わりではないのです。


日本にも素晴らしいDXを成し遂げた企業や、効果的なストーリーテリングをしている企業は沢山あります。ここで、書いたのは僕の体験を通して見えた「グローバルで戦う日本企業にありがちな共通点と課題」という程度に捉えてもらえればと思います!