「目的地になるレストラン」を
〜Destination Restaurants 2026選出。
琵琶湖のほとりに
料理人・古川満が描く地方創生のかたち〜
2026年、日本全国の地方レストランからわずか10軒だけが選ばれる「The Japan Times Destination Restaurants」に滋賀県高島市のオーベルジュ『Auberge RUKAWA』が選出された。滋賀県初の快挙であった。
Destination Restaurantsとは、ジャパンタイムズが2021年に創設した、日本発信のレストランセレクションである。(▶︎Destination Restaurants)
単に料理がおいしい店を選ぶのではない。その土地の文化や風土、歴史、生産者との関係性まで含め、「その店を訪れるために旅をする価値があるか」という視点で選ばれる。全国数百軒の候補の中から毎年10軒だけが選出されることから、いま日本で最も注目されるガストロノミー・ツーリズムの指標の一つとなっている。
そんな舞台に名を連ねたのが、滋賀県高島市で古民家オーベルジュを営む料理人・古川満38歳。しかし彼の人生は、華やかな受賞歴だけでは語れない。
元高校球児。17歳で料理の世界へ飛び込み、24歳で独立。27歳で5店舗を展開する経営者となるも、同年にくも膜下出血で生死を彷徨った。視野の欠落、失語症、てんかん。料理人として致命的とも言える後遺症を抱えながら、それでも彼は包丁を置かなかった。
「生きてるだけで丸儲けですから。」
そう笑う古川さんの言葉には、死の淵を見た人間だけが持つ重みがある。琵琶湖のほとりで生まれた一軒のオーベルジュ。その物語は、一人の料理人の人生そのものだった。
琵琶湖と山に育てられた少年時代
古川さんが生まれ育った滋賀県高島市は、琵琶湖と豊かな里山に囲まれた自然豊かな土地だ。小学生の頃から釣った魚を焚き火で焼いて食べ、山で採った山菜を調理して遊んでいた。
今でこそ「地産地消」や「サステナブル」という言葉が注目される時代だが、彼にとって自然の恵みをいただくことは幼い頃から当たり前の日常だった。元高校球児でもあった古川さんは、勉強よりも体を動かすことが好きな少年だったという。
「毎日がエブリデイ」それが当時の口癖だった。笑 「元気に育ってくれればいい」。そんな両親のもとで自由奔放に育った経験が、後の挑戦を恐れない性格を形づくった。
「モテたい」から始まった料理人の道
18歳で高校を卒業すると、料理人の世界へ飛び込んだ。なぜ料理人なのか、理由を聞くと意外な答えが返ってくる。「モテると思ったんです(笑)」。しかし、待っていたのは厳しい現実だった。
当時の日本料理業界は、理不尽な上下関係や怒号が飛び交う世界。料理人同士のいじめ、食材を平然と廃棄する風潮、化学調味料に頼る調理現場も珍しくなかった。
そんな環境の中で古川さんは「この世界に飲み込まれてはいけない」と感じた。そして、自分だけの店を持ち、自分の価値観で料理を表現することを決意した。
博多で過ごした青春の日々
独立という目標を胸に、古川さんは単身福岡へ渡る。日本料理を本格的に学ぶためだった。福岡では中洲の飲食店を中心に、海鮮料理店や市場関係の仕事など、3つの職場を掛け持ちした。朝は市場、昼は仕込み、夜は繁華街の飲食店。休みらしい休みはほとんどなかったという。
「寝ていた記憶があまりないですね」と語るが、その3年間で料理技術だけでなく経営感覚も徹底的に学んだ。料理人としてだけではなく、将来経営者になるための視点を身につけることが目的だった。22歳でふぐ調理師免許を取得し、さらに25歳では網猟・罠猟・猟銃の狩猟免許も取得。命をいただく料理人として、生き物と向き合うことも自身の修業の一環だった。
狩猟免許の取得、食材に真剣に向き合う
24歳で独立、そして急成長
福岡で修行していた中、一つの転機が訪れる。
「父さん、倒産・・・」
家業であった撚糸工業が倒産した。これをきっかけに、滋賀県に戻ることになった。家族のそばに戻り支える事、それが第一だった。
滋賀へ戻り、海鮮居酒屋で務めた後、24歳で『る川割烹りょう理』を開業する。信念はただ一つ。「命をいただきます」。料理人として食材に敬意を払い、その土地の魅力を料理で表現することだった。店は順調に成長し、26歳で株式会社R-PROを設立。飲食店だけでなくアパレル、不動産など事業を拡大していく。27歳の頃には6店舗を運営する経営者となり、まさに順風満帆な人生を歩んでいた。
『る川割烹りょう理』を開業
人生を変えたくも膜下出血
その絶頂期に人生最大の試練が訪れる。27歳でくも膜下出血を発症し、奇跡的に命を取り留めたが直後の2か月の記憶がなかったという。生存率も決して高くない病気であり、家族もスタッフも覚悟を迫られたという。
くも膜下出血 手術の傷跡
手術は成功したものの、てんかん、失語症、視野欠損、視力低下といった後遺症が残った。料理人の生命線とも言える手の感覚も以前とは変わってしまった。それでも彼は諦めなかった。「生きているだけで丸儲け」。その言葉を胸に無理やり現場へ復帰する。
大病からの復活・決意のふんどし
これまでは、全てを自分でこなし「自分がやる、自分がやらねば」という覚悟と信念があった。しかし、物理的に誰かに頼らざるを得ない状況になった。店舗運営は信頼する社員へ譲り、自らの役割を見直しながら、新しい働き方を模索した。
かつては自分一人で抱え込んでいた仕事を人に任せることを学び、後遺症と向き合いながら料理人として生き続ける覚悟を決めた。自分の時間(命)を切り売りした仕事の仕方を辞め、働き方を変えた。やりたくない事はやらない、やりたい事をやる。やりたい事は、「ゆっくりと目の前のお客様と対話できる仕事」だった。
大病後も365日働く古川さんにとって仕事は 「仕事遊び」 だという。
Auberge RUKAWAという挑戦
そうして誕生したのが『Auberge RUKAWA』だ。テーマは「大人の遠足」。ただ食事をする場所でも、ただ泊まる場所でもない。料理、宿泊、サウナ、そして高島という土地そのものを体験してもらうための場所として設計された。開業前には全国各地の高級オーベルジュを自ら泊まり歩き、徹底的に研究した。
【Auberge RUKAWA Concept movie】
改装後のAuberge RUKAWA
Auberge RUKAWAで振る舞われる地元食材
特に古民家×オーベルジュ×サウナ付きジャンルは全国的にほぼ無く、新しい形としての可能性を見出し、専門家と共に本格的な施設づくりを進めた。ただのバレルサウナを置くのではなく、サウナ好きが好む本格的なサウナを作りたかった。その為の協力をしてくれたのが、「森のサウナReplus」 を創業した和田ちゃんだった。Honda.Labに入るキッカケをくれたのも彼だった。
料理だけで勝負するのではなく、その土地を訪れる理由そのものになる施設を目指す
今のオーベルジュの場所は、元々は倒産した撚糸工場の向かいにある売却する事もできない古民家を改修した。負の資産を資産に変えていかなければならなかった。
オーベルジュ改装前の古民家
地元の人にも応援してもらえると思っていたが、当初はそうではなく、新しいことに対する否定的な声も多かった。当時、家族の中で働いていたのは自分だけだったので、使命感と覚悟を決めていた為、どんなマイナスな状況があったとしてもブレなかった。
もちろん人間なので凹むこともある。自分をブラさない為、ネガティブにならない為に、尊敬する人がいるコミュニティに入りいかに自分の存在がちっぽけか、悩んでいることがちっぽけかと考え方を改めるようにしている。Honda.Labもその一つだ。
「自分を過大評価しない、嘘はつかない、人たらしである事」これが今の自分だ。
昔は真逆だった。さまざまな事業を展開し経験してきた事で「素直」が一番だと気づいた。「挑戦すれば失敗はついてくる。だから挑戦し続ける」
料理人は地方のプロデューサーである
取材を通して何度も語られたのが、「料理人は地方のプロデューサーになるべきだ」という言葉だった。料理人は料理を作るだけではなく、その土地の文化や歴史、食材、生産者の想いを発信し、地方に人を呼び込む存在であるべきだという。人を呼び込み、地域全体も潤う循環の仕組みが必要だ。現在は全国各地の飲食店プロデュースも手掛けており、その土地ならではの魅力を掘り起こしながら店づくりを行っている。地方にはまだ知られていない価値が眠っている。その価値を伝えられるのは料理人だと古川さんは考えている。自分はそういった料理人のロールモデルになりたいと語る。
次なる挑戦へ
Destination Restaurants 2026への選出は大きな評価であることに違いない。しかし古川さん自身は驚くほど冷静だ。「3年以内に何かしら評価を取ると決めていましたから」。
現在は海外からのゲスト受け入れ強化に取り組み、自ら英語を学んでいる。さらに将来的にはヘリポート整備構想も進めており、国内外の富裕層が直接訪れることのできる環境づくりも視野に入れている。
何かの本で読んだ言葉が今の自分の根幹にある。「3年でできなかったらやめる」。今までの人生もそうして歩んできた。命の危機を経験し、あまり中長期の事を考える意味がない事に気づいた。これからもそうだ。「全ては3年」そう言い切る潔さもまた彼らしい。
くも膜下出血で死の淵を見た料理人は、今も挑戦をやめない。琵琶湖のほとりで生まれた一軒のオーベルジュ。その挑戦は、単なるレストラン経営ではなく、地方の未来をつくる壮大な実験でもある。古川満という料理人の物語は、まだ始まったばかりだ。
今後もHonda Lab.メンバーへのインタビューを実施していきます。お楽しみに!
@RUKAWAのみつるちゃんありがとうございました!
interview @SHOTA 、@みぃ、@しゅーへー
Text by @SHOTA (松山将太)












